高校時代の恩師の作品
ともに石川県出身で友人関係だった仏教哲学者鈴木大拙と哲学者西田幾多郎の生涯を描いたオペラ「ZEN-禅-」を昨日鑑賞した。世界初上演である。当初は2020年に上演予定だったが、ゴロナの影響で延び延びになっていたものだ。台本を書かれたのは、私の高校時代の国語の教師、松田章一先生である。
哲学・宗教とオペラのマッチング
鈴木大拙と西田幾多郎。名前は知っていても、著作や思想を勉強したことがある市民は1%もいまい。この二人を描く媒体が〝映画〟なら芸術路線で割とありそうな企画だし、〝ミュージカル〟でもまだ現実感がある。ところがもっとぶっ飛んでオペラである。この着想が素晴らしい。禅とオペラが融合するとどんな世界が現出するのか。なんとも魅惑的ではないか。
わかりやすさと深遠さ
開演前は作品の内容を想像すらできなかった。しかし、全歌詞がスクリーンに映し出されたこともあって、展開はとてもわかりやすく理解することができた。筋としては、鈴木大拙の修行期・結婚・教職時代・戦中戦後の節目節目の場面を描いた。禅についての深層にあえて踏み込まなかったのは意図的だろうか。また鈴木大拙のウエートが圧倒的で、西田幾多郎の存在感は希薄だった。題材が題材だけにもったいない気がする。難解になってもよいから、両者の哲学的な精神世界をオペラ的表現で観せて欲しかった。劇中にも〝(禅では)わからんことがわかる〟というくだりがあったように。
音楽は素晴らしい
渡辺俊幸氏による作曲で構成された音楽は、オペラに疎い私が聞いてもとても素晴らしく感じた。特に禅の精神を歌詞とする楽曲は美しかった。〝松は松、竹は竹…〟は西田幾多郎「善の研究」にある文言らしい。〝ただ座れ 求めるな〟は禅宗の「只管打座」だ。英訳は〝Just sit down and don’t ask.〟これは〝Don’t think, feel.〟を連想させる。私は俗っぽく、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」、ヨーダの「スターウォーズ」で放ったセリフを思いだしてしまった。オペラ劇中でも東洋思想と西洋思想は支え合えると言っていた。
祝上演、そして後々も
終盤は戦争の惨禍の中から、禅によって精神の自由を獲得する大拙の姿を描く。感動的なフィナーレで観衆は大いに魅了された。観終わった印象はとてもよい。カーテンコールは暖かくも激しい称賛の拍手に包まれた。台本作者の松田章一先生もカーテンコールで登場された。意気軒高なご様子。だが齢85で足元はやや危うい。不遜かもしれないが表現かもしれないが、ご存命中に上演できたことは本当に喜ばしいと思う。そして、この作品の評価が高まり、後々まで上演されるオペラになることを願う。