ゴスペルミュージカル「Sign(サイン)~天使からの贈り物~」
日時:2022年2月5日(土)6日(日)昼夜4回公演
場所:金沢市民芸術村パフォーミングスクエア
主宰:VOX OF JOY Choir
概要
音楽家の中田理恵子氏が率いる金沢のコーラスユニット「VOX OF JOY(ボックスオブジョイ)」のゴスペルミュージカル「Sign~天使からの贈り物~」を観た。台本、音楽、踊りすべてがオリジナルだ。特別出演の本間ひとし氏など除き、役者のほとんどがミュージカル未経験者である。よって2019年から3年計画で少しずつスキルを積み上げ、中身を紡ぎ上げてきた。ひとえに中田理恵子氏の情熱とその生徒たちのひたむきさが結実した労作といえる。
あらすじ
舞台は図書館。人間一人一人には陰ながらずっと見守る天使がいて、読むべき本にいざなったり、大切なことを気づかせる「サイン」を送ったりしている。小説家志望の「ハル」は、かつては出会う本にときめきを感じながら成長してきたが、最近は自分の作品が世に認められたいと焦るあまり、人型AI「マリ」に依存し、データベースから話のネタを切り貼りする執筆活動に終始している。彼女を見守る見習い天使「キーナ」は、このままではいけないと心を痛め、ハルに様々な「サイン」を送るのだが…。
テーマ
ストーリーはわかりやすく、テーマも明快である。おおよそ次の通り。人間の創造性は情報の切り貼りではなく、本や自分の心との対話を通して得られるイマジネーションによって広がる。一方で現在も未来も人々はネット上のマスデータやAI技術と無関係ではいられない。だがデータに依存してはダメだ。自律する意識があれば共存できる。一人一人には生まれてきた意味がある。天使からの「サイン」に耳を傾け、自分の存在価値を見出そう。
感想その1(肯定論)
出演者がプロ集団でないのは先刻承知なので、演技・歌唱・ダンスが高いレベルでなくても問題でない。むしろ予想よりだいぶ達者て驚いた。アマチュアならではの誠実さが伝わってきて、観客(出演者の知人や縁者が多いのだろう)の反応もやさしく暖かいものだった。全体的に好印象の持てる良い作品だったと思う。舞台美術はとても素敵なしつらえだった。7月にオープンする石川県の新県立図書館にもマッチする。そこでも公演が予定されており楽しみだ。楽曲は中田理恵子氏の真骨頂であり、全体にとても良い構成で美しい曲と歌が披露された。特に主役のキーナが歌った曲はVOX OF JOYのコンサートで何度も聞いたもので劇の内容にフィットしていたし、声質がとても澄んでいて素晴らしかった。中田氏はもっともっと曲を作るべきだ。作風はミュージカルに合っている。VOX OF JOYのレパートリーを増やせば、ミュージカルで使える曲の幅も増えることになる。そして、生演奏がバックで透けて見えるのが良い。もう少し高い場所ではっきり見せてもいい。中田氏が役者の呼吸に寄り添って奏でる様子が非常に格好よく、これを見せない手はない。
感想その2(残念論)
残念に思った点もある。脚本、演出、役者、音楽、踊りの5要素に分けると、役者と音楽は上に書いたように○。演出は特に工夫はなくチャチャっとまとめた印象で△。踊りは振り付けに面白みやオリジナリティがなく×。冒頭、本はすばらしいと歌って踊る群舞では、役者達が本を両手で持って正面に突き出す。いやいや、本の世界のl魅力の表現ってそういうことじゃない。そして私が一番残念に感じたのが脚本だった。図書館が舞台であるべき必然性、読書とAIの対立軸、天使が送るサインの見せ方、どれもが弱い。ハルがキーナのサインを受けて覚醒する場面は一番の見せ場のはず。ミュージカルであるならば、一番の肝の部分は歌で表現するのが本道だ。なのに主人公は、目が覚めました、そしたら賞が取れました、チャンチャンで終わってしまっている。これでは説得力なし。原案のコンセプトはとても良いだけにもったいない。脚本をさらに練り上げ、改訂を繰り返すことによってもっと良い作品に進化できる。ピクサーならこの原案でアカデミー賞作品を作るだろう。未だ発展途上という期待を込めて苦言を呈したい。