メディアのずれ具合

相次ぐ玉ねぎ報道

 昨日、会社にローカル局の石川テレビから取材が入った。「玉ねぎの高騰について、その理由をインタビューしたい」というものだった。玉ねぎ担当の当社浦川さんが対応した。夕方、家に帰ったら、NHKで「玉ねぎ高騰」のニュースを放映していた。「NHKも…?」と思った。そして本日、出社して北國新聞をめくってみると「玉ねぎ高値に悲鳴」の記事があった。おいおい、いったい何があった。

実ははるか前からの事象

 確かに玉ねぎは高い。だがそれはずっとずっと以前からだ。今にわかに起こった話ではない。北海道産が異例の干ばつで、平成3年度産が凶作となった。玉ねぎは毎年夏から春は北海道産の独擅場である。昨年夏に不作が決まった時点で、ずっと高値が続くことは確定事項だったのである。

値上げネタの便乗?

 その高値状況について、われわれ流通業者は、お客様や消費者に情報を提供し続けてきた。ところがメディアはなぜか一斉に「まさに今!玉ねぎが高くて大変だ!」という論調で騒いでいる。ロシア-ウクライナ問題や円安で値上げラッシュだが、その農産物便乗バージョンだろうか。

お決まりの展開

 メディアは高値をニュースにするのが本当に好きだ。生活が苦しい、家計が苦しい、商売が苦しい、でも踏ん張るぞ…。その手のストーリー仕立てが得意中の得意である。農産物が高値をつけると必ずどこかのスーパーのおっちゃんが「でも我々はお客様のためになるべく価格を据え置きます」だの、カレー屋のあんちゃんが「価格を上げたいけど、利益を減らして辛抱してます」だののたまうのだ。

始めに結論ありき

 そのニュースが正鵠を射ているなら問題ない。だが、だいたいずれている。現に玉ねぎ高騰はすでにピークを過ぎている。北海道の後続産地である長崎、淡路島が始まり、高値はかなり緩和されてきている。何を今さら、のニュースなのである。取材を受ければ当然我々はそれを説明する。「いやいや、違います、まだ少し高いけど、平年並みに戻ってきています」と。だがその部分は採用されないのだ。メディアは結論ありき。玉ねぎが高い!という論調は、取材前から決まっているのだ。インタビューではその結論に沿った部分のみが使われる。

真実、誤報、捏造

 そのミスリードは〝誤報〟に近い。さらにひどく言えば〝捏造〟だ。何も青果物だけの取材態度ではないのだから、新聞・ラジオで報道される情報の何割かは〝かなり怪しいもの〟と言わざるを得ない。

メディアの本分

 先入観は誰にでもある。だが、取材して誤りだと気づいたら、素直に方向転換できないものか。「…記者はそう想定してきたが、実態は違っていた」という記事の方が読んで面白いと思うだが。真実に近い報道と正鵠を射た論評がメディアの本分であるならば、気骨あるジャーナリズムの登場を期待したいものだ。