貴乃花 我が相撲道
石垣篤志 文藝春秋
貴乃花の半生は劇的なシーン、エピソードのてんこ盛りだ。
ざっと挙げただけでも下記のとおり。
名横綱として数々の偉業もあれば、スキャンダルも出来事も多々ある。
父・貴ノ花の存在
千代の富士との一番
若貴フィーバー
宮沢りえとの婚約と破局
曙との死闘
若乃花との優勝決定戦
洗脳騒動
武蔵丸との伝説の一番
母、兄との絶縁
相撲協会の理事選
日馬富士暴行事件
相撲協会との対立と角界引退 (2018/9)
河野景子との離婚
などなど
純粋、一徹とした求道者としての人物像はまさに気高い。
本来ならば彼を頂点に抱き、周りを優秀な実務畑で固めれば、大相撲はこの先半世紀は安泰ではなかったか。
そう思わせるほどに高潔な精神を宿している人物だ。貴重な人材。
しかし、時代はその流れを取らなかった。
一途すぎる人格は妥協・馴れ合いを拒んだ。
確かに、組織の中の一人と見れば、これほど融通の効かない、付き合いにくいタイプもいないかもしれない。
本書が明らかにしていないこととして、恐らく、様々な人たちとの人間関係の悪化には彼自身の性格的要因があると推察する。
だから、相撲界の宝として人生を全うしてもらうには、トップオブトップに君臨してもらうしか道はなかったのだと思う。
以下、本書の中で、印象に残った部分の引用
(一部に中略等あり)
内容自体は人生訓として極めて有意義なものばかりである。
父・貴ノ花の言葉「相撲界にスーパースターはいらない。土俵に必要なのは、強いチカラビト、サムライである。 相手がいるからこそ勝負ができる、相手を敬う精神を持て」
相撲は興行である一方、日本の伝統文化であり、神事です。
「ライバルとは自分の中にあるもの」というのが、私の不変の考えです。相手に対抗意識を向けるのはおこがましいというか、誰かをライバルに仕立て上げるのではなく、まず自分に打ち勝たないといけない。常に「対自分」が先にあるんです。」
「毎回挑んでは(横綱に)到達できず、やっぱりダメだったな、というのはあるんですけど、落ち込む気持ちはなかったんですよね。絶対にこれを乗り越えなければ、という思いしかありませんでしたから。自分に何が足りていないのかを考え続けました。突き詰めていくと、自分を限界の向こうに追い込まなければ見えてこないものがあると分かってくる。相撲の技術云々ではなく、境地の領域なんです。」
不惜身命(ふしゃくしんみょう)とは本来、仏道のために身も命も惜しまないことを意味する仏教用語だ。
「年を重ねた今は、不惜身命からも引退して“可惜身命(あたらしんみょう)”を心がけるようになったんです。身や命を大切にして生きるという意味です。」
貴乃花は天賦の才に恵まれていたと受け取られがちである。しかし、少なくとも貴乃花本人にとってをの身体能力とは、“持たざる者”を自認し、地道に磨き上げた精進の結晶であった。
貴乃花「今でも相撲というものを愛しているということが私の誇りです」
イチロー(貫いたものは何だったかとの質問に)「野球のことを愛したことだと思います。これは変わることはなかったですね」
「相撲と野球は、どちらも無差別級ですよね。全く違う競技ではありますが、野球もバッターボックスに立ったら個と個の勝負。海を渡ってからイチロー選手は、体格も言葉も、風土も違う異国の地で、野球界最高峰のレベルの選手と戦ってきたわけで、それはどういう自分を作るか、揺るがない自己を追究していく作業だったと思うんです」
本来は臆病で怖がりだったと明かす貴乃花は、凄烈な競争社会を生き抜くために、内面の研鑽を重要視した。その結果、番付を上げるにつれ、近寄り難い孤高のオーラを纏うようになっていった。「親父からは強くなりたかったら孤独を恐れるなと言われていました」
精神を鍛えるというのは、必ずしも相撲の厳しい稽古を指すのではないんです。挨拶をする、ご飯を用意する、そして、いただきますとごちそうさまがある、玄関で靴を揃える、そういう日常の当たり前の所作を通じて「心を練る」ことなんです。日々の心がけが精神の安定を生む。自分の心の定位置を把握し、保っておく感じです。そうすれば真っ直ぐ相撲に打ち込めるし、精神面の重心がしっかりしていたら、たいてのことには動じなくなります。困難にぶち当たった時に慌てるのでは遅いんですよね。
大関と横綱の間にあるのは、力の差ではなく、境地の違いなんです
力士の鍛錬の本質とは、相手を倒すためでも、地位や名声のためでもなくて、自分自身の弱さと向き合い、打ち勝つためにあります。楽な方に流されず、苦しんで苦しんで自分と向きあった時、光が差してきて、進むべき道を示すんです。宗教的な意味ではなくて、これは理屈抜きで本当に死ぬ思いで打ち込まなければ分からないかもしれません。一人の人間であっても、信念を持ってやれば、どれだけ強くなれることか。生きていく上で、仲間を作ることは必要ですが、単に群れるのではなく、まずは強い個を確立する。その先にできた仲間が本当の仲間だと、私は思います。
私を支えた親父の言葉の一つに「頑張ると口にしてはいけない」というものがあります。頑張っていると自分で語る者は、まだ本当の意味で頑張っていない。頑張っている人間ほど自分からそれを口にしないし、する余裕もない。本当に苦しい時は涙も出ない。だから泣き言を言わず、周囲に評価を求めず、ただ寡黙にやるべきことをやればいいんだと。