世界一を決める舞台ではない。
観衆もいない。
しかし、紛れもない名勝負、後世に語り継ぐべき一戦だった。
本日13日、講道館で開催された柔道男子66kg級東京五輪日本代表内定選手決定戦、丸山城志郎 対 阿部一二三。
23歳の阿部(パーク24)が27歳のの丸山(ミキハウス)に24分に渡る激闘を制して勝利し、来年の五輪代表に決まった。
人気はどちらかというと阿部一二三が勝っていただろう。
さわやかで明るいイメージは天性のもので、若々しくハンサム、なんといっても妹・阿部詩(うた)と兄妹そろって五輪金メダルを狙うという話題性は大きい。
しかし丸山も非常に精悍な顔つきの好男子であり、スター性は両者とも持ち合わせていた。
2015年から始まる二人の頂上決戦はまさにしのぎを削る戦いの連続で、ここまで丸山の4勝3敗とわずかに丸山が優勢だった。
両者の実力があまりに拮抗しており、コロナ禍で代表決定となる大会が次々中止に追いやられたため、この階級だけは今日まで代表者が決まらなかった。
いつまでたっても白黒つけられず、宙ぶらりんで待たされる両者の心境はいかばかりだったろう。
ついに代表決定のためだけに試合が組まれた。
柔道の聖地・講道館での無観客試合。
無観客でもテレビやインターネットで放映されたため、全国民が注視した。
ある意味残酷なやり方だが、一番いさぎよい形でもある。
過去数戦を総合的に評価してのグレーな選考より、選手自身の納得感は大きいだろう。
試合はテレビ東京が生中継したが、24分という想定外の長時間に渡ったため、試合途中で放映終了という大失態を演じた。
そもそもテレビ東京では当地金沢に放映されない。
こういう世紀の一戦はNHKがやらねばならぬ。
当然決着がつくまでのエンドレスで。
この試合の意義をマスコミは理解していないのか。
丸山は敗れた。
しかしこれで終われない。代表補欠に回るからだ。
「僕の柔道人生は終わっていない。これからも前を向いて精進していく」とインタビューに応えたという。
素晴らしいコメントだ。
日本人は昔から、敗者に対しても勝者と変わらぬ(時にはそれ以上の)熱い思い入れを注ぎ込むことができる。
敗者の美学だ。
これは日本人の豊かな情緒だと思う。
丸山城志郎には後世も消えることなく賛辞を送り、この名勝負を語り継いでいくべきだ。
【丸山城志郎と阿部一二三の対戦記録】
2015年11月7日 講道館杯準々決勝
○丸山 優勢(有効 巴投げ) 阿部● 5分
2016年4月3日 全日本選抜体重別決勝
●丸山 優勢(指導2つ) 阿部○ 6分27秒
2017年12月2日 GS東京決勝
●丸山 一本(大内刈り) 阿部○ 4分52秒
2018年11月23日 GS大阪決勝
○丸山 優勢(技あり 巴投げ) 阿部● 5分3秒
2019年4月7日 全日本選抜体重別決勝
○丸山 優勢(技あり 浮技) 阿部● 13分23秒
2019年8月26日 世界選手権準決勝
○丸山 優勢(技あり 浮技) 阿部● 7分46秒
2019年11月22日 GS大阪決勝
●丸山 優勢(技あり 支え釣り込み足) 阿部○ 7分27秒
2020年12月13日 東京五輪日本代表内定選手決定戦
●丸山 優勢(技あり 大内刈り) 阿部○ 24分
この試合の主審に抜擢されたのはなんと女性だった。
天野安喜子氏。
江戸時代から続く宗家花火鍵屋の15代目花火師でもあり、女性審判の第一人者でもある知る人ぞしる存在だ。
柔道界は、2017年まで全日本選手権における女性審判を認めなかった。
それほどに古い体質だった。
今回この試合ほどクリアな勝敗付けが求められる試合はまず考えられない。
その大一番に天野氏を起用したのは、純粋に「今、一番うまい」からだそうだ。
そしてその期待に見事に応えた審判ぶりだった。