金沢のお茶屋文化を守ること

金沢東山のお茶屋「八しげ(はちしげ)」さんから挨拶状が来た。

来年から女将(おかみ)が代替わりするとある。
45年にも渡って店を支えられた森田勝美さんが女将を退任され、「八しげ」で33年芸妓をつとめてきた真砂美さんに引き継がれることになったのだ。

私は習い事のご縁で真砂美さんを知っていて、もうだいぶ前から女将継承の打診があることを聞いていた。
軽い気持ちで「受ければいいじゃないですか」と言ってしまったこともある。
さぞかし能天気な奴と思われただろう。

お茶屋文化は日常世界と文化遺産的世界の境界線にある。
昔は裕福な旦那衆がごく普通に利用する大人の社交場だった。
しかし今ではごく一部のお祝いの席で芸妓さんたちが舞を披露し、宴でお酌に回るのが一般的で、その後二次会にお茶屋に利用する機会はとても少ない。

金沢に新幹線が通じ、観光客がどっと押し寄せるようになって芸妓は引っ張りだことなった。
全くお休みが取れなくなるほど忙しかったと聞く。
金沢市の行政も、江戸時代から伝わる伝統文化としてお茶屋文化を保護・支援した。

しかし、コロナ禍で何ヶ月もお座敷(宴席)がゼロとなった。
ホテルや料亭に呼ばれる機会がゼロ、お茶屋さんに旦那衆が来ることもゼロ、観光客を相手とするイベントもゼロ。
普通の飲食業以上の経営危機に瀕した。

このタイミングで女将を引き受けるのは本当に悩まれただろう。
しかし、金沢に今も継承される三茶屋街(ひがし、にし、主計町)で、ひがしは中心的存在であり、観光の名所。
八しげは中でも老舗的存在であり、なくなってはいけない。

女将を永年務められた森田さんは80歳を超えるお歳だ。
以前、私は真砂美さんに「世の中の会社で80済んだ(過ぎた)社長なんか(ほとんど)おらんよ。いつまでもさせておくのは可哀想や」と言ったそうだ。
無責任なことに、私はその時のことを覚えていない。
もしかして真砂美さんには辛く当たった言葉かもしれない。
だとしたら申し訳ない。反省だ。

ただ、我ながら、本当のことを言っているなとも感じる。
守るべきものは、思いを持った誰かがやらねばならぬ。
グッと踏ん張り。
そして後々にはまた誰か若い人に譲っていく。
それが継承者の使命だ。
そしてそれを周りの者達がいかに支えてあげられるか。

真砂美さんには本当に頑張ってもらいたい。
私は今まで支えることなど一度もしたことがないが、これからはわずかでもできることがあればよいが。
お茶屋さんが華やかに存続できない金沢なんて、文化都市と名乗ることはできないのである。