朝ドラ史上、屈指の名作
NHK朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」が10月29日に最終回を迎えた。雰囲気的に地味、暗い、重い印象で視聴率は苦戦したようだ。だが、個人的に、この作品は朝ドラ史上屈指の名作だと思っている。
優れた脚本、一貫したテーマ性
高評価の理由はひとえに脚本の優秀さだ。テーマは一貫していて、しかもスッキリ美しい。災害で心に受けた大きな傷。大切な妹や友人との絆にもひびが入る。無力に打ちのめされる自分。そこからドラマは、繊細な心情を、とてもシンプルなストーリで紡ぐ。主人公・百音(ももね=モネ)は、「海の街」宮城県・気仙沼に生まれ育ち、「森の街」宮城県・登米で働き、「空の世界」気象予報士を目指し東京へ旅立つ。そこで何がしか、人の力になれる自分、心を開き人と触れ合える自分を実感する。
海、山、空、水
海、山、空はすべてが水で繋がっている。水は海から空に上って雲となり、山にぶつかって雨を降らす。雨は森を潤し川になって海に戻る。すべて巡り巡って回り続けるサイクルだ。モネにとって、海は故郷、山や森は最初の社会、空は夢を抱いての新天地の象徴だ。モネ自身は世界を巡っていく〝水〟である。そして最後は、得た知識、智慧、経験、情熱をもって故郷に帰る。そのラストを第一話からしっかり見据えた上でのタイトル「おかえりモネ」である。脚本を手がけた安達奈緒子氏の力量は物凄い。
橋を渡ってきた
登場人物から出るセリフは、平易ながら胸に迫る。
「お姉ちゃん、津波、見てないもんね」
「山は、水を介して空とつながっています、海もそうです。海と山を知っているのなら、空のことも知るべきです」
「どうして自分で行かないの?また言うの?何もできなかったって。あの時いなかった思いに押しつぶされてきたのは誰ですか」
そしてモネは竜巻被害をあった故郷に帰って言うのだ。
「橋を渡ってきた」
このシーンが本ドラマのクライマックスだ。モネが呪縛から解き放たれる瞬間である。こんなにいいセリフはなかなかお目にかかれない。
東日本大震災と「おかえりモネ」
東日本大震災においては、未だにPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ人々が多くいる。3.11は作り手にとっても非常にリスキーな題材だ。その点、「おかえりモネ」は人の心と真摯に向き合い、極めてデリケートに扱った。静かに、重く、何度も揺れ動く感情の波を丹念に描いた。役者の演技体にもそれは表れ、主人公・モネ(百音)を演じた清原果耶は吐息のようなセリフ回しが多かった。演技もセリフも抑えに抑える。これは、脚本家・演出家・役者がみな相当に覚悟しないとできない。
愛着が湧くからこそ
「おかえりモネ」は素晴らしいドラマだったが、一つ難を言えば、最終回は淡泊すぎた。いいドラマは、脇役にも愛着を感じる。ポンと時間が飛んで、コロナ禍が終息した現代で菅波と再会して終わったが、少々物足りない。ほんの1分の尺でいいので、家族、同級生、登米の人々、東京の人々の〝今〟を見たかった。宇田川さんにも(正体ばらしまでは求めないから)絵を描いている様子を確認したかった。この物語は、主人公に限らず、多くの人が呪縛から解き放たれることがモチーフだったからだ。
次作は「カムカムエヴリバディ」
11月から朝ドラは「カムカムエヴリバディ」となる。祖母・母・娘3代に渡る3人ヒロインだ。半年で3世代を描くならばかなりスピーディーな展開になるだろう。「モネ」を引き継ぐもう一人の「モネ」こと上白石萌音。深津絵里にはずれなし。川栄李奈はなぜかNHKに愛されている女優だ。第一話を見る限りはコテコテの朝ドラ王道路線。脚本は「ちりとてちん(朝ドラ)」「平清盛(大河ドラマ)」の藤本有紀である。この脚本家も小さくはまとまらない。新作にも大いに期待が持てる。