三つ巴の大混戦
石川県知事選が24日に告示された。これは過去に例がない大きな選挙となる。新人5人の立候補は史上最多らしいが、実質は3人の有力候補による三つ巴の闘いだ。一人目は馳浩氏。プロレスラーとして活躍後、国会議員を26年務め、文部科学省の大臣を経験した。二人目は山田修路氏。元農林水産者の審議官で参議院議員を8年務めた。第一次産業への理解度は誰より深い。三人目は山野之義氏。金沢市長を3期務め、知事選出馬のため在職中に市長職を辞職しての出馬した。
選挙と人間の性
三者ともに大物である。選挙前はお互いに何ら反目していたわけではない。むしろ政策的に共通する部分が大きい。要するに「私が知事になる」と三者三様に志を持たれたということだ。石川県民にとってはとても有り難く、頼りがいのあることだと思う。根本的には。しかし選挙は闘いだ。その過程で周囲の人間たちの様々な思惑も絡む。いつのまにかライバルの短所をあげつらうネガティブキャンペーンも聞こえてくる。もともと友好的だった人間関係に亀裂が入り、ついには後々まで尾を引く禍根を生む。人間の性とはそういうものか。
二人が野に下る損失
誰が勝つかは大事だが、何よりもったいないのは勝利者は一人であり、二名は必ず敗れるということだ。超優秀超強力な人材が二名も野に下る。この選挙のために2人は国会議員を、1人は市長という要職を辞した。もう元には戻れない。これは県にとって(或は国にとっても)大きな損失ではないのか。総理大臣は失職しても衆議院議員として仕事は残る。首長選にはそれがない。
私は困っている
私は三候補ともよく存じ上げている。どなたが知事になっても石川県のために粉骨砕身仕事をされると確信している。私が勤める会社と県政の距離も今よりグッと近くなると期待できる。だからこそ困っている。気軽に『私は○○さんを支持します』とは言えない。心の中で投票する人は決めているが、誰かを表明することは控えたい。そんな態度の人は私に限らず多いと思うが、意思を明確にしないのを優柔不断と非難する声もある。これも困ったことだ。ただし私がどれだけ困ろうとも、それ自体誰も何も困らない。その点は寂しいことだ。困ったり寂しかったり、そして誰が勝つのかドキドキしたり、何とも複雑な知事選の開幕なのである。