父とバナナ

90歳超の同窓会

 私の父は昭和4年生まれ、齢は90歳超である。老いたりといえども、普通に街に出て買い物はするし、昨晩などは中学校の同窓会に出席した。同窓会!! 開催されるだけでも驚異的であり、敬服に値する。参加人数は5人であった。茶化すわけではなく考える。参加者が仮に一年に一人ずつ減っていくとする。5年後に(まだご存命の方がいるとしても)開催できるかどうかは疑問だ。この一年一年は貴重である。

バナナの悩み

 父は数日悩んでいた。皆にお土産を持たしたい。バナナがいいと思う。一人一房持たすか、それともビニール袋に4~5本入ったのにするか。母は、バナナなど重いし誰も喜ばんからかえって迷惑だと言い放つ。その言葉にカチンと来て父は母を文句を言う。そんな騒ぎが数日続いた。そして父は、私の会社に出向いて、どんなバナナがあるのか自分の目で見定めて買うと言い始めた。私は(今度は社員が迷惑するな…)と思いつつもどうぞどうぞと好きにさせた。社員には「老人が来たら悪いけど相談に乗ってやってね」と根回ししておいた。ところが父は会社に来なかった。参加者が5人と聞いて、そんな少ないのならやめとこうかとまた新たな悩みの種ができたらしかった。

同窓会は無事終了

 結局、私がバナナを用意するから、銘柄や規格は任せてくれということにした。私は本心ではバナナでなく他のモノがいいと思っているが、バナナに対する父のこだわりが強いので尊重したのである。この際、もらう側の気持ちは考えない。当日は私が車で父とバナナを同窓会場まで運び、首尾よく事を成し遂げた。この話はそれで終わりである。

バナナの価値の歴史

 父の世代はバナナに対して特別なこだわりがある。まだ若き時代、すなわち昭和20年代から30年代は、バナナは高級品であった。もらってうれしいオツなお土産といえばバナナだった。家族も多人数だから、一房のお土産は食べごたえがあって喜ばれた。これがメロンになると高級すぎてダメ。メロンは入院ぐらいしないともらえない。よって、青果物卸売問屋のプライドにかけて、何かある時にはバナナの差し入れ。これは父のちょっとした矜持だったように思う。今も毎年、夏休みのラジオ体操の最終日(8月の中旬ごろ)には、町会の子供達と世話役にバナナを一袋ずつ差し入れている。

とことんバナナじゃ!

 バナナは廉価なフルーツの代表格となり、今やもらって有り難がる風潮はない。その点、父の感性は可哀想だがずれている。だが、だからといって諫めてやめさせるのは無粋だ。若者は〝なんでバナナ?〟と思うだろうが、気持ちとお金の出どころは一人の老人である。差し入れをして文句を言われる筋合いはない。素直にバナナを受け取りなさい。あの爺さんがくれるもれは、とことんバナナじゃ! 私は毎回、裏方で段取りをすべてやるわけで、正直言って面倒くさいことこの上ない。だが父のバナナへの思いが消えてなくなくまで(それはおそらく父が死ぬまで)は異論をはさまず従うことにしている。